プランツ・ゾウろんぽう【Plants tho 論法】

Plants tho(でも植物は/も)からはじまるビーガニズムに対する最も一般的な議論の一つ。「でも植物にも命が...」という議論であれば、そもそもビーガニズムは搾取される対象の感覚や感情を尊重する思想であり、命を主題としたものではないため、この時点で、論理学の教科書[1]で取り上げられるほどの典型的な論理的誤謬(藁人形論法)である。

また、命はすべて平等であるから等しく扱うべき、あるいは、命の平等さのみを考慮し、扱われる対象者の感覚や感情の応答を考慮する必要がない、というのであれば、当然ホモサピエンスの命も平等であるため、ホモサピエンスの搾取も正当化されることになる。そこで感覚や感情を理由にホモサピエンスのみを議論から除外することは、自身の主張の前提から許されない。

そこで、いかなる論理的正当性も示すことなく、ホモサピエンスのみを特別視するのであれば、主張者自身がヒト中心主義的誤謬あるいは種差別主義的誤謬に陥っていることになる。

ここで、神経系は持たなくても「植物にも"感覚に似た何か"があるかもしれない」という議論も考えられる。しかし、植物に外的な刺激に対する反応は認められても、動物に似た意識的感覚を持つと考えられる科学的根拠は一切存在していない[2]。いかなる根拠も伴わない「かもしれない」だけでは、理性的な議論において意味を持ちえないし(【ヒッチンズのカミソリ】参照)、すでに明確で、科学的に合意の得られている動物の感覚[3]について考慮する必要性がないという主張の根拠にもなりえない。

ちなみに、1kgの肉を生産するのに7kgから10kgの穀物が必要とされる[4]。またアマゾン破壊の91%は畜産が要因となっており[5]、それが原因で毎日数十の生物種が絶滅している。したがって、ビーガンより雑食者の方が植物を含めより多くの命を奪っており、失われる命の総量を考慮しても、ビーガンという選択の方が優れているといえる。

出典

[1]記号論理学 放送大学教育振興会 (2014/03)
[2]https://www.vice.com/en_us/article/we-asked-a-botanist-how-sure-science-is-that-plants-cant-feel-pain-302
[3]https://www.newscientist.com/article/mg21528836-200-animals-are-conscious-and-should-be-treated-as-such/
[4]http://www.unccd.int/en/programmes/Thematic-Priorities/Food-Sec/Pages/Wors-Fact.aspx
[5]http://www-wds.worldbank.org/servlet/WDSContentServer/WDSP/IB/2004/02/02/000090341_20040202130625/Rendered/PDF/277150PAPER0wbwp0no1022.pdf
[4]http://www.savetheamazon.org/rainforeststats.htm

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